So-net無料ブログ作成
翻訳を巡る言葉 ブログトップ
前の10件 | -

カタカナ語 [翻訳を巡る言葉]

(略)ゲーム関連の新製品発表会に行くと、登壇者がこんなスピーチをした。

 「ユーザーにプレミアムコンテンツとパーソナルコンテンツをシームレスにエクスペリエンスしてもらうためにローカルとクラウドで提供したい」

 こうなると、もはや日本語とは言えない(もちろん英語でもない)。

――朝日新聞、2017年6月13日05時00分「(ネット点描)ベテランIT記者の教え カタカナ語、脱却しないと」


行間 [翻訳を巡る言葉]

 NHK連続テレビ小説「マッサン」で清純なヒロインを演じたアメリカの俳優シャーロット・ケイト・フォックスが、情に厚い演歌魂が込められた舞台「俺節」で純情なストリッパーのテレサを演じる。

(略)

 日本語のセリフは英訳で意味をつかみ、発音をローマ字におこしたものを繰り返し覚えているという。「訳では行間や雰囲気、空気感が反映されていないところもあるので、つかむのに苦労します」

―― 朝日新聞、2017年5月25日15時37分「シャーロット、ストリッパー役向けポールダンス自主練習」


右開きか、左開きか [翻訳を巡る言葉]

(「手塚治虫 物語」の英訳について)

英語版の前にフランス語版も出ていて、それは絵を反転して左開きにしています。私は、反転せず日本と同じ右開きのままにしました。作品の中に英語の映画のポスターなどの資料が取り込まれて描かれているからです。この本ではそうしましたが、僕は日本マンガを翻訳して出すなら左開きにした方がいいと考えています。多くのアメリカ人にとってその方が読みやすいから。でも最近の若いファンは右開きでないとダメだと言う。面白いですね。いまだに左開きに未練を持っているのは、アメリカでは僕ぐらいです。

―― 朝日新聞の連載記事「小原篤のアニマゲ丼」2017年3月6日付け「MANGA翻訳 右、左」から、「米のマンガ評論家フレデリック・L・ショットさん」の講演から引用した部分


トランプ米大統領の就任演説 [翻訳を巡る言葉]

(トランプ米大統領の就任演説について)新聞各紙は英文と日本語訳の両方を掲載しています。読み比べると、日本語訳が随分異なります。各社の英語力ないしは日本語力が比較可能です。

 まずは、トランプ大統領が列席者にお礼を述べた直後の文章です。

 〈私たち米国市民は今、国を再建し、すべての国民に対する約束を復活させるための偉大で国民的な取り組みに加わっている〉(読売)

 なんともこなれていない日本語です。

 〈我々、米国民はいま、我々の国を再建し、全ての米国民への約束を復活させる国を挙げての偉大な努力に結集した〉(日経)

 読売が「偉大で国民的な取り組み」と訳したところを、日経は「国を挙げての偉大な努力」という日本語にしています。こちらの方が自然な日本語です。

 〈私たち米国民は今、国を立て直し、すべての国民に対する約束を守るという偉大で国民的な取り組みを始めたところです〉(毎日)

 読売や日経が「約束を復活」と訳した箇所を、毎日は「約束を守る」としました。「約束を復活」が直訳だとすれば、「約束を守る」方がこなれています。

 〈私たち米国民は今、自国を再建し、全ての国民にとって可能性をよみがえらせる壮大な国民的取り組みのために、一つにまとまっています〉(朝日)

―― 朝日新聞の記事(2017年1月27日05時00分)「(池上彰の新聞ななめ読み)トランプ大統領就任演説 日本語訳、各紙比べると」

 なお、該当部分の原文は We, the citizens of America, are now joined in a great national effort to rebuild our country and to restore its promise for all of our people. である。


語訳 [翻訳を巡る言葉]

語訳ニアラズシテ翻訳タルベク日本語ノ他国文ナラズシテ日本語ノ日本文タルベキ事

―鈴木範久「聖書の日本語」中の引用部分から


out there [翻訳を巡る言葉]

 物語を貫くのは、自由を願う主人公の強い気持ちです。重いテーマの歌詞を訳すために起用されたのが、高橋知伽江さん。ミュージカルの翻訳では第一人者で、映画『アナと雪の女王』の歌の翻訳も手がけています。

『ノートルダムの鐘』で、主人公が外の世界への憧れを歌う、歌の歌詞の一節、「out there」。直訳すると「外へ」という意味ですが、高橋さんは、『僕は・いきたい・陽ざしの中へ』と訳しました。

(高橋さん)

「石の壁に囲まれた、人のぬくもりのないところではなくて、陽ざしの中へ行きたい、この陽ざしというものが命のぬくもりとか、そういうものを象徴できればいいなと」

カジモドを演じる飯田達郎さんもこの歌を大切にしています。

(飯田さん)

「僕はやってるとね、涙がけっこうあふれますね。明るくて希望に満ちたシーンなんだけど、それはかなわないことなんだって。神様に祈っている気持ちになるんですよね」

―― NHKの記事1月13日 23時49分「劇団四季 新作に込めた思いは」


読解力と表現力 [翻訳を巡る言葉]

(これから後の、若い世代で、翻訳をやってみたいと思う人たちもいるかと思うんですけども、これまでの長い経験から、そういった人たちに何か仰りたいことはありますか。)とても分かりやすく話すと、結局、英語の読解力と日本語の表現力に尽きると思うんですよ。そこから先は、本当に、シンプルで、読解力というのは我々の頃と比べると今の若い人たちは劣っているんですね。我々の頃は、ほとんどもう、読む・読む・読む・書く、ぐらいの授業内容だったんです。それが今は、読む・書く・話す・聞くという、4つを、どれも、平等に力を付けていこうというふうになっているんで。翻訳というのは別に、しゃべれなくてもいいんですよ。聞けなくてもいいんです。書けなくてもいいんです。読めりゃいいんです、取り敢えず、英語とか。それは、我々の頃と比べると、3分の1とか、4分の1になっているので。だから、読解力が落ちているって、まず自覚してほしいということですね。読む言葉と、会話で使う言葉って違うんですよ。だから、いくら会話ができても、ものが読めるようにはならない。だから、読み書きというのは、意識的に学習していかないと身につかない。ぜひ、意識的に読む時間を増やして、いろんな沢山のものを読んでほしい。英語の本を読んでほしい。で、そのうち、文法も憶えていって。文法を嫌がる人ってとても多いんですよ、若い人には。文法なんかじゃなくて、ちゃんと話せる方がいいと言うけど、翻訳に関しては文法がわかっていないと、迷ってしまうんですよ。この文章、主語が何か、動詞は何か、きちっと捉えてないと、思わぬ誤訳をしやすいんです。誰かも言ってますけど、文法というのは地図みたいなものなんで。(地図?)地図。地図というのは、そのものを写真に撮ったんじゃなくて、非常にシンプルに描き表した、構造だけを描き表したもので。地図があるとね、とても、方向を探すときに、役に立つので。文法はしっかりと身に付けておくと、いざというときにとっても役に立つ。あとは、語彙力ですよね。語彙力も、しゃべるときに使う語彙と、書くときに使う語彙は違うんです。そういう意味で、文章で表現するときによく使われる語彙を憶えてほしい。あとは、日本語の表現力の方は日本語の本を読むしかないので、好きな作家のものをどんどん読んでくださいね。

―― NHKラジオ深夜便 明日へのことば「日本語への愛着が翻訳を支える 金原瑞人」(NHKウェブサイトから起こしたもの。聞き間違いもありうる)


難解な翻訳表現 [翻訳を巡る言葉]

 しかし、外国語の意味を日本語に移し替えるのは容易ではありません。それぞれの単語の辞書的な意味は一対一で整理できたとしても、言語にはそれ以外に文法の違いがあります。とくに日本語の場合、西洋の言語との構造的な違いが大きいわけですが、文法はまさにその言語が持つ論理を代表する形式にほかなりません。したがって、文法が大きく異なる場合、その文章や思想の背景にある論理性を正確に翻訳するのは至難の業なのです。

 (略)本当の意味の翻訳とは、ヨコのものをタテに書き換えれば済むという単純なものではないのです。

 (略)ヨコのものをタテにしただけの翻訳は、やはり読むのが難しい。古典的な哲学書の翻訳が難解なのは、その内容のせいばかりではありません。その内容を支えている論理がうまく翻訳できていないから、本来なら簡単に理解できるはずの文章までわかりにくくなってしまうのです。

 そういう難解な翻訳を読んで日本の知識人たちは、(略)「これが理解できないのは自分の頭が悪いせいだ」とひそかに恥じていたのです。それだけではありません。その難解さにこそ価値があるように思い込み、自分たちが日本語で文章を書くときにも、いわゆる翻訳調の小難しい言葉遣いをするようになったのです。


言葉は方便 [翻訳を巡る言葉]

 これらのことをひっくり返して言うと、料理そのものがわかっていなかったら、フランス語なんか読めてもしかたがないといえます。言葉というものは、あくまでも方便であり、その奥にあるものを理解して、自分の身につけなかったら、何にもならないということになります。

――辻静雄「フランス料理の学び方」


二冊の本 [翻訳を巡る言葉]

 日本語ではふつう、「二冊の本を買った」とは言わない。「本を二冊買った」という。けれど翻訳をしていると、どうしても原文に引きずられて、前者の言い方をしてしまう。後者のような言い方が自然に出てくるまで、何年かかったことだろう。

――清水眞砂子「本の虫ではないのだけれど」


前の10件 | - 翻訳を巡る言葉 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。