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発足する [耳に障る言葉]

 ある新聞記事に

府警は4月に全国初の専従部署「自転車対策室」(11人)を発足し、取り締まりや安全教育の方法を検討している。

とあった。

 「発足」について、辞書は次のように説明している。

団体・組織などが新しく作られ,活動を始めること。はっそく。「協議会は一〇月に―する」(大辞林)

組織や機構などが設けられ、活動を始めること。はっそく。「米価審議会が―する」(大辞泉)

〔新しい団体・会などが〕活動を始めること。「新委員会が━した」(三省堂国語辞典)

組織・機関などが作られてその活動を始めること。はっそく。「会が―する」(広辞苑)

 説明はほとんど同じだ。主語は発足した組織である。したがって、冒頭の記事は、

府警は4月に全国初の専従部署「自転車対策室」(11人)を発足させ、取り締まりや安全教育の方法を検討している。

とすべきだろう。

 自動詞を他動詞のように使う例が、増えているように思われる。


……を気に入る [耳に障る言葉]

 あるニュース記事に「秋田を気に入った」という表現があって、引っかかってしまった。

 大辞泉には

いる(入る)

[一]1 人や物がある場所・範囲・状態などに移る。はいる。

[補説]

 [一] 1は文語的な言い方で、現代語ではふつう「はいる」を用いる。しかし、「気にいる」「堂にいる」「有卦(うけ)にいる」など慣用的な表現の中では現在でも多く用いられる。

とある。したがって、「秋田」が「気」の中に「入った」と言う意味だから、「秋田が気に入った」と言うべきところだろう。

 外国語の影響か、和文では「が」とすべきところを「を」とする事例を最近よく見る。 これもその一例なのだろう。


……を感じられる [耳に障る言葉]

 とある新聞記事に

老舗の心意気を感じられる空間

という表現があって気になった。普通なら、

老舗の心意気が感じられる空間

などというのではないか。

 最近、対象を表す「が」の代わりに「を」を使う例が多いが(「英語を話せる」「バナナを好き」など)、これは単純な受動態であるから、編集ミスなのかもしれない。


データベースをまとめる [耳に障る言葉]

 NHKのウェブに

環境省は、環境を重視した地域のエネルギー政策の検討を支援するため、自治体の地域ごとに電力やガソリンなどの調達にどのくらいの資金が支出されているのかを分析する手法を開発し、この夏をめどにデータベースをまとめて、すべての自治体に提供することを決めました。

とあった。この「データベースをまとめる」というのは「データベースにまとめる」とすべきではないのか。「まとめる」を辞書で調べてみると、次のような例が載っている。

調査の結果を論文にまとめる(大辞林)

作文をまとめて本にする(大辞泉)

論文をまとめる(新明解国語辞典)

報告書をまとめる(大辞林)(三省堂国語辞典)

交渉をまとめる(大辞林)

荷物をまとめる(大辞林)

アイデアをまとめる(大辞泉)

 「論文/報告書をまとめる」と言うのであれば、「データベースをまとめる」も問題ないはずだが、やはり違和感がある。たとえば、「表をまとめた」と「表にまとめた」を比べると、前者には違和感がある。データベースと表は、データを一定の形式で並べたものだが、論文や報告書は事実を単純に並べたものではなく、それを基にした論考である。こうした違いが違和感の原因かもしれない。

 また、「水を沸かしてお湯にする」ことを「お湯を沸かす」という言うように、「を」には結果を現す用法がある。「論文をまとめる」という言い方は、その類いなのかもしれない。


法律家と言葉に対する感覚 [耳に障る言葉]

 我々の毎日の仕事の中では、クライアント(依頼者)やそのほか外部の関係者との間で非常に多くのメール(Eメール)のやりとりが行われ、また事務所内でも諸種の事務連絡や報告、相談などにメールが頻用される。その中で、特に若い世代の弁護士の言葉づかいで気になるのは、「~になります。」である。

(中略)

 法令・規則の条文が言語によって書かれていることはもちろん、法律家である我々は、契約書、意見書・メモランダムなどの作成、クライアントに対するメールでのアドバイスなど、言葉を扱うことにより仕事が成り立っている。誤解なく所期の内容を相手に伝えること、さらに将来の不特定の読者に対してもその内容がニュアンスを含めて正確に伝わるようにすることが必要であり、そのためには言葉に対する感覚を養う必要がある。母国語ではない外国語を扱うについては、一層の困難があるのはもちろんであるが、日本語についても、母国語だからという甘えを捨て、常に「これでいいのだろうか」という自省を忘れないようにしなければと思う。

 皆が使っているから、ということで安易にそれを真似てよしとするのではなく、これが(“正しい”か、というよりも)適切な表現かどうか、伝えるべきことを過不足なく伝え、かつ相手に失礼にならず、また逆に慇懃無礼になっていないか、ということをおろそかにせず、常に真剣に考える癖をつけることで、法律家として必要な言葉に対する感覚を磨くようにしたい。

―― 森下国彦「60年前に既に使われた『~になります』は正しい日本語なのか」、朝日新聞デジタル2014年8月11日付け「法と経済のジャーナル」から


是非いかがでしょうか [耳に障る言葉]

 会話では、発言の途中で思い直したり言い直したりするから、初めと終わりで言い回しが変わってしまうことはよくある。しかし、文章となると、よくあるで済ませるわけにはいくまい。

 「是非」を辞書で引くと、

どうあっても。きっと。……「―参加して下さい。」 広辞苑

とある。「是非」は「是の場合でも、非の場合でも」であり、「どうあっても」という意味である。一方、「いかがでしょうか」は、勧誘の言葉だから、「是非」とは本来相容れないはずだ。


指摘する [耳に障る言葉]

 「指摘」を辞書で引くと、

問題となる事柄を取り出して示すこと。「不備な点を―する」(広辞苑)

全体の中から,ある特定の事柄を取り上げて示すこと。「欠点を―する」「―を受ける」(大辞林)

〔指でさし示す意〕注意すべきものとして、具体的に取り出して示すこと。『…の―を待つまでもなく/弱点(誤り・問題点・疑問点)を―する』

とある。つまり、「指摘」は、文脈によってまたは具体的に示されている全体の中から何かを指し示し摘み出すことを言う。

 しかし、その全体が見えない、乃至は無い状況で「指摘」を使う例が増えているように思う。例えば、

……校長は、「国際的な理科の調査で指摘されていたように、知識を活用する力や自分の考えをまとめる力が弱いという課題が浮き彫りになった。実験の結果を予想し検証するような学習の仕方が必要だ」と指摘しています。(NHKウェブサイト)

では、引用内の「指摘されて」は良いが、引用の後の「指摘しています」は「提言しています」の方が適切だろう。


~を気付く [耳に障る言葉]

 このところ、新聞や放送で「~を気付く」という表現を見ることが多い。しかし、「~に気付く」というのが一般的だろう。「~が好き」を「~を好き」というのも、同種の傾向のように思う。

 全く根拠はないのだが、この傾向は英語教育の影響ではないかと想像する。某パソコンOSメーカーが不自然な日本語を(ついでに汚いフォントも)ばらまいたように、巷の英語教育では、英文に付ける和訳を原文と対照しやすいように不自然な形にしたり、英文法を安直に日本語に適用したりするのをよく目にする。そうした影響で、目的語だから「を」だろうと「~を気付く」としてしまったのではなかろうか。

 おそらく、小学校では英和の「翻訳」ではなく、「慣れ」を目ざすべきなのだろう。訳を付ける必要はなく、日本語で状況を説明し、そうした場面では英語(英語文化)ではこのように表現する、という形が好ましいだろうと思っている。


有効的 [耳に障る言葉]

 先日、ラジオを聞いていて、ある県警の人が「……も有効的です」と言ったのに驚かされたのだが、ウェブの検索(goo)で10万件余りもヒットしたのに、また驚いていしまった。たとえば、

  • 老眼治療と有効的な改善策
  • ノー残業デーの有効的な利用方法

といった例がある(3万件余ヒット)。これは従来の表現では単に「有効な」とするケースだ。「有効な改善策」「有効な利用方法」。これに「的」を付けたのは、曖昧に表現したがる日本語の一例だろうか。それとも、「的」としておけば、仮に効果がなくても言い逃れ可能という読みか。また、

  • 有効的に活用しよう
  • 有効的に使いたい

といった例もあった(約5万件)。これも単に「有効に」とすれば足りるはずだ。この2例に限って言えば、願望または目標なので「的」を付けて曖昧にする必要はあるまい。さらには、

  • ミョウバンの使用も有効的で
  • 実際に有効的であるかは

といった例は、「有効で」「効果がある」などとするのが通例だろう。効果的」は効果が相当程度大きいことを含意するため、いろいろな意味で使いたくない。そこで「有効なこともある」「有効かもしれない」といった意味合いで「的」を付けたのだろうか。こういう場合「有効なことがある」(断定を避けた表現)、あるいは「効果がある」(有効性の大きさについては中立的な表現)といった表現をするのだが、文が長くなるので「有効的」としたのかもしれない。

 「有効的」は、断定を避け責任を回避するためとも取れる「自分的」「わたし的」などの表現と同類なのだろう。ならば、個人が使うならともかく、こうした表現を使う企業のサービスや製品は使わない方が無難かもしれない。

 「効果的」が600万件ヒットしたのは一つの救い、だろうか。


「は」と「が」 [耳に障る言葉]

 ある新聞記事の一部である。

 バブル期に計画・開発され、その後に破綻したゴルフ場の多くで預託金の返還をめぐるトラブルや訴訟は起きているが、運営を引き継いだ会社による預託金の低額買い上げの是非を問う訴訟は異例。

 これを読んで最初の「は」に違和感を覚える人は多いのではないか。この「は」を「が」に代えた文を読み比べてみればはっきりするだろう。

 バブル期に計画・開発され、その後に破綻したゴルフ場の多くで預託金の返還をめぐるトラブルや訴訟が起きているが、運営を引き継いだ会社による預託金の低額買い上げの是非を問う訴訟は異例。

 この文章は一般的なことを述べてから、その一部について言及する形で構成されている。対照しているわけではないから、「…は…、…は…。」が奇異に感じられるのだろう。

 あるいは、次のように再構成してもよかろう。

 預託金の返還をめぐるトラブルや訴訟は、バブル期に計画・開発され、その後に破綻したゴルフ場の多くで起きているが、運営を引き継いだ会社による預託金の低額買い上げの是非を問う訴訟は異例。

 前段も後段も「預託金の返還をめぐるトラブルや訴訟」を話題としているから、「は」によって共通の話題を括りだしておくのである。


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