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れいさん [その他]

 先日、ラジオを聞いていたら「金儲けをレイサンするわけではないが」といった言葉が流れてきた。おそらく「礼賛」を「れいさん」と読んだのだろう。

 原稿を読むのに精一杯だったり、漢字が行を跨いでいたりすると、読み間違えることがあるが、この場合は、自分で書いた原稿だろうから「れいさん」と読むと思い込んでいるのだろう。

 かく言う自分も、読み間違いの経験は少なからずある。古い書籍では振り仮名付きが多いが、昨今では、子供向けの本を除いて、余り振り仮名を見なくなった。だから、没頭して読んでいると、読み方を知らない漢字があっても辞書を引く時間が惜しくて適当に読んでしまうことがある。それが読み間違いの因となる。子供には辞書を引けと言っていながら、恥ずかしい限りだ。

 ところで、谷崎潤一郎に「陰翳礼賛」という評論がある。これは「いんえいらいさん」と読むのだろう。因みに、川端康成は自作の「女性開眼」について「かいげん」か「かいがん」かと読み方を問われ、どちらでもいいと答えたと記憶する。


こぶんしょ [その他]

 ラジオを聞き流していたら、「こぶんしょ」という言葉が耳に引っかかった。おそらくは「古文書」のことだろう。話の内容からすれば、「こもんじょ」と読むべきところだ。もっとも、違う日に違う人が「こぶんしょ」と言っていたので、あるいは普通の読み方になっているのかもしれないが。

 ロシア語のアルファベットには、ёなどと、発音記号が付くことがある。当然発音は異なり、еは通常「イェー」のように発音するが、ёは「ヨー」と発音する。しかし、手書きの原稿では発音記号を省いてしまうことがある。そのため、ロシア語のアナウンサーでも原稿の字面に引かれて、発音を誤ることがあるそうだ。

 「文書」とだけあれば、今は「ぶんしょ」と読むのが普通だろう。ひょっとしたら、件の二人も、原稿の漢字に引きずられてしまったのかもしれない。


spacecraft [その他]

 用語の使い方の間違いも生じてきます。例えばspacecraft(スペースクラフト)。日本語なら「飛行機」ならぬ「宇宙機」とでもいう広い概念のものですが、最近の使い方からいけば「探査機」と訳すのがよいでしょう。一方、satellite(サテライト)は「衛星」と訳します。惑星を周回するものに限って指すのが一般的です。

 ところが「アメリカの衛星ボイジャー」という表現を見かけることがあります。ボイジャーは惑星を周回していないので、衛星ではありません。では、現在、土星を周回中の「カッシーニ」は? 探査機であって、衛星でもあります。でも、日本語では「衛星カッシーニ」ではなく「探査機カッシーニ」と呼ぶことが多い。英文では、ボイジャーもカッシーニもspacecraft。spacecraftは、衛星も惑星探査機も含んだ概念なのです。

―― 朝日新聞2015年1月24日16時30分付け記事「(宇宙がっこう)宇宙用語、日本語でどう表現? 的川泰宣」


3つの記事で読みやすさを考える [その他]

 NHKのウェブサイトから

エボラウイルスが引き起こす致死率が極めて高い感染症のエボラ出血熱は、西アフリカのギニア、リベリア、シエラレオネの3か国で感染が広がり続けていて、感染による死者は729人に達しています。

8月1日 6時16分「エボラ出血熱 WHOが対策強化へ」

 最初の「エボラウィルス……エボラ出血熱は」の表現は、英文直訳調でわかりにくい。

エボラ出血熱はエボラウイルスが引き起こす致死率が極めて高い感染症で、ことしの3月以降、ギニア、リベリア、それにシエラレオネの西アフリカの3か国で過去最悪規模で感染が拡大しています。

8月1日 6時16分「エボラ出血熱 最高の警戒レベルに」

 和文としては、この表現の方が自然だろう。まずテーマ(エボラ出血熱)を示し基本的な知識を与えた上で、問題点を提示している。ただし、「ギニア、リベリア、それにシエラレオネ」という表現は、どうかと思う。1番目の記事のように「ギニア、リベリア、シエラレオネ」とすべきだろう。「それに」があると、シエラレオネでの感染が他の2か国より軽いような印象を受ける。英文の並記法(a, b, and c)の影響かもしれない。

エボラ出血熱は、エボラウイルスが引き起こす致死率が極めて高い感染症で、ことしの3月以降、西アフリカの3か国で感染が拡大し、WHO=世界保健機関の最新の調査では感染またはその疑いで729人が死亡するなど、過去最悪の規模の被害となっています。

8月1日 6時16分「エボラ出血熱 シエラレオネが緊急事態宣言」

 これも2番目の記事とほぼ同じ構成で、読みやすい。ただし、「エボラ出血熱は、」の読点はない方がいいだろう。

 3つの記事は、おそらく、外電を基にして書いたものだろう。執筆した記者が同一人物なのかはわからず、盛り込まれている情報も少しずつ異なるため、単純な比較はできない。しかし、いずれも、少しずつ外電の文章に引きずられたところがあるように思う。


後悔の連続 [その他]

 毎回完成した映画を見る度に後悔の連続という。他人が気がつかなくても、「もっとあぁすれば良かった」と後悔や反省が絶えない。ある程度の時間が経過して振り返って初めて、違った視点で作品を見ることができるそうだ。

―― 朝日新聞 シネマな女たち(2014年2月24日)「自分の描いた絵が立体になっていく過程に感激」 美術監督 岩城南海子さん

 翻訳も同じだ。完成したはずの訳文を改めて見るたびに落ち込んでしまう。


壊れたレコードのように [その他]

 知的障害がある場合、同じ言葉を繰り返すことがある。その様子を指して、「壊れたレコードのように」と言ったところ、「壊れているなら音は出ない」と言われて驚いたことがある。40~50代の人だから、LPなどのレコードは知っていると思うが、「壊れたレコードのように」という表現は知らなかったようだ。

 レコードはレコード盤にレコード針を接触させて音を再生する。だから、レコード盤に傷がつくと針が引っかかりレコード特有のスクラッチノイズが発生するが、傷の形状によっては針が外側の溝に飛んでしまい、同じフレーズが繰り返し再生されることがある。この状態が「壊れたレコード」である。だから、何度も同じことを言う人に対して「壊れたレコードみたいだな」と揶揄するのである。

 CDやDVDは非接触だからスクラッチノイズは発生しないだろうが、同じフレーズが繰り返し再生されることはあり、実際に見たことがある。おそらくプレーヤー側ではなくディスク側の問題だろうから、「壊れたCDのように」という比喩は成立するのだろうが、発生頻度が少ないから慣用句にはならないだろう。


訳詞 [その他]

 「夜汽車」という小学校の音楽で教えられていた歌がある。その詞を調べようとウェブを検索してみた。それによると、原曲はドイツ民謡「もしも私が小鳥だったら」だそうだ。

 検索でこの曲を紹介するウェブサイトがいくつか見つかったが、その中に原曲は恋の歌だと言及しながら「訳詞:勝承夫」としているものがあった。単に気づかなかっただけか。あるいは「訳詞」の意味を誤解しているのか。

 「日本語詞」あるいは「作詞」としているサイトも、もちろんある。


どくほん? [その他]

 ふと目にした商品を紹介するテレビ番組で「どくほんが付いています」と何度も繰り返していた。はて、「どくほん」って何だろう。まさか「毒本」ではあるまいが。テレビ画面の中で「どくほん」を連呼する当人が手に掲げているのは説明書のようだ。どうやら、読本を「どくほん」と読んでしまったようだ。

 読本はもちろん「とくほん」と読む。「読」にはトク(漢音)とドク(呉音)という2つの読み方がある(よむ意の場合。文章の区切りの意の場合の漢音はトウ)。「本」の漢音と呉音はいずれも「ホン」だ。だから、「どくほん」と読んでもおかしくはないが、習慣として「とくほん」と読んでいる。漢音とゴンについては、新字源に次のように解説されている。

 ずっと後世まで漢字のふりがな(特に音読字の)はだいたい二系統に分かれる。呉音と漢音である。漢音は時代からいえば、日本が隋・唐の政府と交通し、……学んだ中国語の発音、その日本化した変形である。……これに対しその以前から日本で行なわれていた発音を「呉音」という。つまり漢音は八世紀末ごろの中国語を表し、呉音は七世紀以前から伝わっていた。……漢音でよむのが正則となり、……後世に及んだ。……仏教は奈良朝以前から広まっていたため、経典の読誦(どくじゅ)にはあいかわらず呉音が用いられた。

 ……また日本では仏教の勢力が久しく強固であったため、漢音は完全に呉音に取って代わることができず、一つ一つの漢字についていえば、漢音でよまれる字が多いけれども、呉音でよむのが習慣になってしまった字もある。……また熟語では漢呉音を併用したり混用したりする場合はたいそう多い。

 「書」も漢音と呉音のいずれも「しょ」だが、「読書」は「どくしょ」と古い呉音で読むのが習慣だ。一方、読本は江戸時代の読み本(よみほん)の流れからなのか、新しい漢音で読む。見慣れた漢字から成る熟語であっても、初見なら辞書を引いておくべきだろう。もって他山の石とすべし。


日本語能力の低下とフリーランサーサイトでの翻訳 [その他]

 先頃、文化庁から「国語に関する世論調査」の結果が発表された。それによると、日本人の日本語能力は低下していると回答した人の割合は、「読む力」「書く力」で8割前後、「話す力」「聞く力」で6割以上だったそうだ。8割がそう思うというのもおかしなものだが、自分を含めて日本語能力は低下しているが、向上させる対策はとっていないということなのだろうか。

 それはともあれ、SOHOやフリーランサー向けのマッチングサイトを見ていると、日本語能力の低下を実感する。仕事依頼の文面が日本語になっていないことが実に多いのだ。これが文章の作成や和訳の依頼だと、深い深い溜息が出てしまう。こんな依頼文を書く人に提出された文章や訳文を果たして評価できるのだろうかという疑念が湧くからだ。実際、あるサイトにあった和訳依頼に添付されていた過去の依頼例と採用された訳文を見てみよう。

The Impinj UHF RFID product line includes the Indy reader chip family, based on award winning technology acquired from Intel Corporation.

ImpinjのUHF RFID 製品ラインには、Intel Corporation 社から取得した受賞歴のある技術に基づく Indy reader chip family が含まれています。

 とても日本語とは思えない訳文だが、例として示されているのだから、依頼者はおそらく満足しているのだろう。溜息が出る所以である。

 いくつか疑問点を見てみよう。まず、「UHF RFID 製品ラインには……Indy reader chip family が含まれています」というのは、どういう意味なのだろう。Indy[レジスタードトレードマーク] Reader Chip Familyと題されたパンフレットの出だしとしては、不自然だ。

 また、「Intel Corporation 社から取得した……技術」とあるが、これはImpinjがIntelからRFID事業を買収したことを指しているのだろう。

 「受賞歴のある……」というのも訳文によく見られる表現だが、日本語で書き下した文章ではあまり見られない。日本語では「××賞など数々の賞を受賞した……」あるいは「その精度の高さで賞を授与された……」などと具体的に書くのが通例だ。英文では単に award winning とだけあるが、訳文(しかもパンフレットなのだから)では、受賞歴を調べて明示すべきである(和文では単複が明示されていなくても,英訳する際は調査の上明示せざるを得ない。それと同じことだ)。ただし、いつでも受賞歴が解明できるとは限らない。このケースでは、買収は2008年7月、原文のコピーライトの表示は2010年だから、受賞は買収の前か後か、あるいは両方か。インテルからの買収を敢えて明示しているのだから、何かの賞を受賞した技術を買収したようにも思われるが、確かなことは調べなければわからない。

 basedの意味合いも明確ではない。しかし、based on ... technologyなのだから、「……をベースに開発された」としてもあながち間違いではなかろう。

 調査は未完だが、現時点でのわたしの訳は、

Indy RFIDリーダーチップファミリーは、インテル社から買収した、RFID関連団体から賞を授与された技術をベースに開発された弊社UHF RFID製品の一つです。

または、

Indy RFIDリーダーチップファミリーは、インテル社から買収した技術をベースに開発された弊社UHF RFID製品の一つです。この技術はRFID関連団体から賞を授与されています。

である。


JIS Z8301 [その他]

 先だって、JIS Z8301を根拠に、並記の表現「a、b、およびc」などについて云々している記述を見かけた。これについて、はて、と思ったのは私だけだろうか。

 というのは、このJIS規格は「規格票の様式及び作成方法」という表題であり、その序文には「この規格は,規格票の様式及び作成方法を統一することによって,規格の容易な理解,規格作成の能率向上,規格相互の容易な比較などを目的としている。」とあり、さらには適用範囲の注記には「この規格は,国際規格との対比を容易にするため及び国際規格の提案を容易にするため……」とあるからだ。つまり、この規格は、極めて特殊な条件における文章表記について規定しているのである。いわば、外国文も含めて、機械的に解釈可能な表現にするための規格なのである。

 それをもってして、一般の文章(技術文書を含む)に適用する、乃至は、参考にするというのはいかがなものか。

 話は、少々変わる。

 たとえば、computerを「コンピュータ」と書く(翻訳する)のは「常識」だろうか。マイクロソフトの日本語版ソフトウェアが示す日本語の汚さは、そのフォントの汚さと共に夙に知られるところだが、残念ながらそうした認識は翻訳業界には及んでいない。むしろ、マイクロソフトの「日本語スタイルガイド」を墨守するケースが多い。しかし、新聞を読んでいれば、そこでは「コンピューター」と表記されていることに気がつくはずだ。それに気がつけば、語末の長音記号を略すことの歴史を調べるだろう(たとえば、木村泉「ワープロ作文技術」に簡単な来歴が記されている)。また、一般向けの新聞が長音記号を略していない理由を考えるだろう。そうすれば、一般向けのコンピューターソフトウェアが示す奇っ怪な和文に疑問を抱くはずである。そうでないとすれば、言葉を生業とする翻訳者としては、少々疑問に思わざるをえない。