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「付け加えた」症候群 [?な訳文]

 ニュースは、取材に基づいて書かれるから、必然的に発言の引用が多い。記者は発言の意図や背景を説明するため、同じ人物の発言を幾つかに分け、間に他の情報を挟み込んで記事を構成する。

 和文の記事の場合、主語を明示する必要はないから、文脈から発言者が明らかなら鉤括弧に入れて発言を並べてもいいし、鉤括弧の後に発言者を括弧で示してもよい。

 しかし、英文の場合は、主語が必要だから、he said が繰り返し登場することになる。英文は、同じ表現の反復を嫌う傾向があるから、he added などとアレンジする。これを「付け加えた」と訳している例をよく見かける。翻訳エイジェントの中には added だから「付け加えた」とせよと言うところもあるだろう。

 しかし、和文の「付け加えた」は、「述べた」などとは異なるニュアンスを持っており、ある種の「落ち」を意味する。

 したがって、「原文に忠実に」訳せば、語訳になるだろう。


翻訳会社の口上 [?な訳文]

 欧州の某翻訳会社が自社について述べた文言をみて、溜息が出た。

ソフトウェア、技術文書等のローカライズで世界をリードする多くの企業から拡大を続けるグローバル市場の高い要求を満たすためのパートナーとして選ばれてきました。

 一読して明らかな翻訳調は置くとしても、語の並びや句読点の入れ方が稚拙で、一度読んだだけでは意味が通じない。

 一読では、「ローカライズで世界をリードする多くの企業」と読めるが、これは翻訳会社のことだろう。ならば、翻訳会社が多くの翻訳会社から「パートナーとして選ばれて」きたというのか?

 この和文からは、この翻訳会社の和訳部門の力量が透けて見えてくる。翻訳を依頼しても真っ当な和文が得られる見込みはほとんどないだろう。外部翻訳者にとっても、訳文が適切に評価されることはまずあるまい。

 和訳を発注者側には日本語のわかる人は、おそらく、いない。いれば、自社で翻訳する選択肢もありうるからだ。ということは、翻訳された和文を評価できないということだ。だから、こういう稚拙な和文がまかり通るのだろう。この程度の和訳レベルで「世界をリード」されてはたまらない。


××らしい牛がいるとすれば、あれがまさにそうだわ [?な訳文]

 ある翻訳小説(英米文学)を読んでいたのだが、

××らしい牛がいるとすれば、あれがまさにそうだわ

という件で、読書が止まってしまった。原文が透けて見えるような、わざとらしく、バタ臭い文である。文学作品だから、原文の表現は大事にすべきだが、ここは

あの牛、××そのままだわ

などでも、よかったのではないかと思われる。


終了を待機する [?な訳文]

 Microsoft Windows日本語版のメッセージは、日本語を母語としない人が訳したのではないかと思うようなおかしなものが多い。Windowsを終了する際に表示されるメッセージも、その一つ。

バックグラウンドプログラムの終了を待機しています

 機を待つのが待機だろう。だから、「指示があるまで待機せよ」「指示を待て」とは言うが、「指示を待機せよ」とは言わない。

バックグラウンドプログラムが終了するのを待っています

バックグラウンドプログラムが終了するまで待機しています

などとすべきところだろう。


six times lower than [?な訳文]

 標題の英文を「6倍小さい」と訳すのと同様のケースをときたま見かける。そうした訳文を書いた人は、普段も、そういう表現をしているのだろうか。たとえば、家電販売店で液晶テレビを初めて見たとき、「わぉ。うちにあるブラウン管テレビより6倍も薄いよ!」などと叫んだのだろうか。

 普通の日本語では、このような場合「6分の1」と表現する。たとえば、「わお。この薄さ。うちにあるブラウン管テレビの6分の1だ!」


再考することを恐れることはないかもしれない [?な訳文]

 ある海外ニュース日本版で見かけた記事である。

Googleは、同社が考案した検索機能を再考することを恐れることはないかもしれない。しかし、……Wocjicki氏は、Googleの中核にある価値は変わっていないと述べた。

 これは一体どういう意味なのだろうか。と思って、原文を見ると、

Google may not be afraid to examine its engineering of search, but Wocjicki, ..., said that the company's central values haven't changed.

とあった。つまり、

検索技術の変革は果敢に進めるが、Googleの社是は創業以来変わっていない。Wocjicki氏は、そう述べた。

ということのようだ。このmayは推量・可能ではなく、譲歩を表しているのだと思われる。

 また、

ここで非常に小さな企業であったとき、われわれは大きなことを考えていた。ただ現在ほど多くの人々がわれわれに耳を傾けていなかったというだけだ

も、意味のよくわからない文章だ。原文は、

When we were here and a small, tiny company, we were thinking big. It's just that not as many people were listening,

 これも、大意は、

私たちはここで創業した。小さな、小さな企業だったが、夢は大きかった。世間からは注目されなかったが。

といったところではあるまいか。

 海外ニュースの和訳と称する記事は多々あるが、和文の体をなしていない意味不明の文が多い。翻訳者の質が低下しているのか、あるいは、編集者の力量が低下しているのか。おそらくは、読者の責任が大きいと思われる。たとえ無料のオンラインニュースだとしても、訳のわからない翻訳には苦情を言うべきだ。そうしなければ、産業翻訳の質は低下する一方だろう。


タバコおよび、トマトなど他のナス科のメンバー [?な訳文]

 タバコモザイクウイルスに関する文である。

これはタバコおよび、トマトなど他のナス科のメンバーに寄生する。

 原文がどうなっているかはわからない。しかし、わかりにくい和文であることは確かである。

 タバコも(トマトも)ナス科の植物だから、「および」の後ろで切るのはおかしい。また、「他の」も、「ナス科の他のメンバー」あるいは「他のナス科メンバー」とする方がわかりやすいだろう。

 原文を直訳すれば、

これはタバコ、トマトおよび他のナス科のメンバーに寄生する。

となるのではあるまいか。だとすれば、真っ当な日本語は、

これは、タバコやトマトなど、ナス科の植物に寄生する。

これは、タバコやトマトといったナス科の植物に寄生する。

などとなるだろう。


結晶中のAr40の原子がK40に置き換わっていく [?な訳文]

 放射性物質による年代測定法を説明する文章中の一文である。この文の直前には、

雲母のようないくつかのものは、カリウムの原子を含んでいる。そうした原子のなかに放射性同位元素であるカリウム40が存在する。結晶が新しく形成されたとき、焼けていた岩が凝固した瞬間には、カリウム40は存在するががアルゴンは存在しない。……何百万年もが経つうちに、カリウム40は一つずつゆっくりと崩壊していき、

という文がある。この文からわかるとおり、表題の文ではアルゴンとカリウムが逆になっている。原文は、おそらく、

Ar40 replace K40 in crystal(骨格のみ)

などとなっていたのだろう。

 ところで、いくつかの国語辞書を引いてみると、「おきかえる」という見出しはあるが、「おきかわる」はない。考えてみれば、「置く」は他動的、「換わる」は自動的な意味を持っているのだから、それを連語にするのは意味的におかしい。これに対して、「換える」は他動的だから「置き換える」に違和感はなく、この場合主語は人である。

 これに対して、英語のreplaceは置き換えて新たにその場に置かれた物が主語になるという違いがある。これに引きずられて「Ar40がK40に置き換わる」という訳文を作ってしまったのだろう。日本語表現としては、「K40がAr40に変わる」の方が自然である。

 表題の文には、もう一つ問題がある。「結晶中の」の位置である。これは何に掛かるだろうか。一見したところでは、アルゴンに掛かると思われるが、結晶中にアルゴンは存在しないと説明されている。だから、「結晶中のカリウム」という意味のはずだ。あるいは、「結晶の中では」と解さなければならないのである。

 つまり、「結晶中のK40はAr40に変わっていく」、あるいは、直前の文を考慮して「Ar40になっていく」辺りが妥当な線ではあるまいか。なお、原子核が崩壊してArになるのだから、原文はreplaceでも、訳文では「変わる」(「換わる」ではなく)とすべきだろう。


この本の残りの部分で [?な訳文]

 ある翻訳書を読んでいたら、「この本の残りの部分で」という表現が出てきた。この表現自体には、別段おかしな点はない。問題は、その位置である。600ページ余の書籍の67ページ目で「残り」と言われてもねぇ。

 第67ページは、序説とでも言うべき第1章の最終ページである。ならば、「以下では、……」などとすべきだったろうと思う。


意味のわからない記事 [?な訳文]

 あるニュースサイトに掲載された翻訳記事。記事が短いため、ほぼ全文の引用になってしまうが、著作権者には、主旨をご理解いただき、ご容赦願いたい。

思わず自分の目を疑うような信じられない光景だが、これはフォトショップで加工したトリック写真ではない。これらの画像は中国の黄河下流において、3000万トンとも言われる沈泥を取り除く為の、サンドウォッシングと呼ばれる過程を撮影したものである。この旅行者達はこの信じられない光景をまさに目の前で目撃したのだ。

中国国際放送英語版によると、この過程は小浪底 ダムで川底に沈殿した泥を取り除く為に毎年集中的に行われる。沈泥が堆積すると河の水面が上昇し、泥水が河の下流に向かってゆっくりと流れる事になる。堤防を危険にさらす水面の上昇を防ぐ為、中国は驚きの2600立方メートル/秒で下流の泥と砂を一掃した。

 この部分の原文は、

No, your eyes aren't deceiving you, and this isn't some Photoshop trick. These images capture an amazing process called sand washing, which intends to move a reported 30 million tons of silt downstream in China's Yellow River. And these tourists were just as entranced as you, seeing it live.

According to CRI English, the intense process takes place annually in the Xiaolangdi Reservoir to clear sediment build-up. As silt settles, riverbeds rise and muddy waters slow toward lower parts of the river. To counteract rising water levels that endanger levees, China blasts the river's mud and sand downstream at an incredible 91,820 cubic feet per second. That's about the equivalent volume of 3,400 bags of mulch pumping out every second.

である。さて、この訳文で気になった点を挙げよう。 

 「自分の目を疑うような信じられない光景」という表現は、「目を疑う」が「意外なことを見て、見たことが信じられない。」(広辞苑)なのだから、「馬から落ちて落馬して」の類だ。「自分の」も余分だろう。「目の前で目撃」、「沈泥が堆積」も同様。

 「これはフォトショップで加工したトリック写真ではない」の原文は this isn't some Photoshop trick だ。「これはトリックではない」という表現だから、Photoshop というよく知られたソフトを持ち出してトリックの場合の内容(合成など)を示唆したものと思われる。訳文では「トリック写真」としたのだから、ソフト名を出す必要はなく、「これはトリック写真ではない」で十分だ。「フォトショップ」の名を出すことによって、文の焦点が「トリック」から「フォトショップ」に移ってしまうという欠点が生ずる。

 「過程」は「経過したみちすじ。物事の進行・発展の経路。」(広辞苑)のことだから、ここは「作業」「処理」「対策」などとすべきところだろう。

 a reported 30 million tons of silt downstream in China's Yellow River は「中国の黄河下流において、3000万トンとも言われる沈泥」の意ではあるまい。黄河では(毎年)3000万トンの土砂が流下しているという意味だろう。小浪底ダムの目的の一つは、その土砂をコントロールすることにあるのだそうだ。ここに土砂を堆積させ、一気に放出することで、川底への堆砂を軽減させるのだろう。

 capture を「撮影」としたのは、どうだろう。原文通りに「この写真は……を捉えたものだ」と表現した方が、迫真性が出るのではあるまいか。

 the intense process を「集中的に」と解したようだが、これは「この雄大な措置」などとといった意味だろう。

 「小浪底 ダムで川底に沈殿した泥」は「……ダムの底に堆積した土砂」とすべきだろう。

 As silt settles, riverbeds rise and muddy waters slow toward lower parts of the river. は、「沈泥が堆積すると河の水面が上昇し、泥水が河の下流に向かってゆっくりと流れる事になる」の意ではあるまい。ダムに土砂が堆積すると水深が浅くなり、土砂を沈下させるというダムの機能が削がれる。すると、流下してきた土砂はそのまま黄河のゆったりとした流れに乗って下ることになる、ということだろう。流れが遅いということは、土砂が川底に沈殿することを意味する。だから、rising water levels that endanger levees なのだと思われる。


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