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でも [?な訳文]

 悲しげにも見える黒い瞳。小さな可愛い耳。でも、なにか特別に変わったことが、このネズミにあるようには見えない--米国南東部の牧草地や浜辺を小走りに動き回るハイイロシロアシマウス。その一生は、むしろ単調な日々の連続だと言ってよい。

 しかし、子孫を残すことについては、哺乳類の中では例外と言える際立った特性を持つ。一夫一婦制を貫くことだ。しかも、細心の注意を払って、子育てをする。

 これはある新聞に載っていた外国ニュースの翻訳記事冒頭である。これを読んで「でも」に引っ掛かってしまった。「でも」は「前の事柄に対し、後の事柄が反対・対立の関係にあることを示す」(日本国語大辞典)接続詞だが、前の文と後続の文が対立していないからだ。そこで、原文を探してみると、

The oldfield mouse doesn’t seem extraordinary. With soulful black eyes and tiny teacup ears, the rodent lives a humdrum life scurrying about meadows and beaches in the Southeast.

But field biologists have long known that when it comes to sex and family life, this mouse is remarkable: Peromyscus polionotus is monogamous -- an exception among mammals -- and a solicitous parent.

となっていた。これを見ると「でも」に相当する語はなく、この段落の中には対立関係もない。後続の段落が But で始まっているのを見れば分かるように、対立関係は次の段落との間にある。従って、最初の段落の中で「でも」とするのは好ましくない。なお、文の順番が異なるが、これは英文と和文の文法や構成法の違いに合わせたもので、和文記事として差し障りはない。

 訳すとすれば、

 ハイイロシロアシマウスは、ごくありふれたネズミだ。潤んだ黒い瞳に小さな丸い耳。米国南東部の草地や浜辺を走り回るのを日課にしている何の変哲もないネズミである。

 しかし、……

といったところだろうか。


「付け加えた」症候群 [?な訳文]

 ニュースは、取材に基づいて書かれるから、必然的に発言の引用が多い。記者は発言の意図や背景を説明するため、同じ人物の発言を幾つかに分け、間に他の情報を挟み込んで記事を構成する。

 和文の記事の場合、主語を明示する必要はないから、文脈から発言者が明らかなら鉤括弧に入れて発言を並べてもいいし、鉤括弧の後に発言者を括弧で示してもよい。

 しかし、英文の場合は、主語が必要だから、he said が繰り返し登場することになる。英文は、同じ表現の反復を嫌う傾向があるから、he added などとアレンジする。これを「付け加えた」と訳している例をよく見かける。翻訳エイジェントの中には added だから「付け加えた」とせよと言うところもあるだろう。

 しかし、和文の「付け加えた」は、「述べた」などとは異なるニュアンスを持っており、ある種の「落ち」を意味する。

 したがって、「原文に忠実に」訳せば、語訳になるだろう。


翻訳会社の口上 [?な訳文]

 欧州の某翻訳会社が自社について述べた文言をみて、溜息が出た。

ソフトウェア、技術文書等のローカライズで世界をリードする多くの企業から拡大を続けるグローバル市場の高い要求を満たすためのパートナーとして選ばれてきました。

 一読して明らかな翻訳調は置くとしても、語の並びや句読点の入れ方が稚拙で、一度読んだだけでは意味が通じない。

 一読では、「ローカライズで世界をリードする多くの企業」と読めるが、これは翻訳会社のことだろう。ならば、翻訳会社が多くの翻訳会社から「パートナーとして選ばれて」きたというのか?

 この和文からは、この翻訳会社の和訳部門の力量が透けて見えてくる。翻訳を依頼しても真っ当な和文が得られる見込みはほとんどないだろう。外部翻訳者にとっても、訳文が適切に評価されることはまずあるまい。

 和訳を発注者側には日本語のわかる人は、おそらく、いない。いれば、自社で翻訳する選択肢もありうるからだ。ということは、翻訳された和文を評価できないということだ。だから、こういう稚拙な和文がまかり通るのだろう。この程度の和訳レベルで「世界をリード」されてはたまらない。


××らしい牛がいるとすれば、あれがまさにそうだわ [?な訳文]

 ある翻訳小説(英米文学)を読んでいたのだが、

××らしい牛がいるとすれば、あれがまさにそうだわ

という件で、読書が止まってしまった。原文が透けて見えるような、わざとらしく、バタ臭い文である。文学作品だから、原文の表現は大事にすべきだが、ここは

あの牛、××そのままだわ

などでも、よかったのではないかと思われる。


終了を待機する [?な訳文]

 Microsoft Windows日本語版のメッセージは、日本語を母語としない人が訳したのではないかと思うようなおかしなものが多い。Windowsを終了する際に表示されるメッセージも、その一つ。

バックグラウンドプログラムの終了を待機しています

 機を待つのが待機だろう。だから、「指示があるまで待機せよ」「指示を待て」とは言うが、「指示を待機せよ」とは言わない。

バックグラウンドプログラムが終了するのを待っています

バックグラウンドプログラムが終了するまで待機しています

などとすべきところだろう。


six times lower than [?な訳文]

 標題の英文を「6倍小さい」と訳すのと同様のケースをときたま見かける。そうした訳文を書いた人は、普段も、そういう表現をしているのだろうか。たとえば、家電販売店で液晶テレビを初めて見たとき、「わぉ。うちにあるブラウン管テレビより6倍も薄いよ!」などと叫んだのだろうか。

 普通の日本語では、このような場合「6分の1」と表現する。たとえば、「わお。この薄さ。うちにあるブラウン管テレビの6分の1だ!」


再考することを恐れることはないかもしれない [?な訳文]

 ある海外ニュース日本版で見かけた記事である。

Googleは、同社が考案した検索機能を再考することを恐れることはないかもしれない。しかし、……Wocjicki氏は、Googleの中核にある価値は変わっていないと述べた。

 これは一体どういう意味なのだろうか。と思って、原文を見ると、

Google may not be afraid to examine its engineering of search, but Wocjicki, ..., said that the company's central values haven't changed.

とあった。つまり、

検索技術の変革は果敢に進めるが、Googleの社是は創業以来変わっていない。Wocjicki氏は、そう述べた。

ということのようだ。このmayは推量・可能ではなく、譲歩を表しているのだと思われる。

 また、

ここで非常に小さな企業であったとき、われわれは大きなことを考えていた。ただ現在ほど多くの人々がわれわれに耳を傾けていなかったというだけだ

も、意味のよくわからない文章だ。原文は、

When we were here and a small, tiny company, we were thinking big. It's just that not as many people were listening,

 これも、大意は、

私たちはここで創業した。小さな、小さな企業だったが、夢は大きかった。世間からは注目されなかったが。

といったところではあるまいか。

 海外ニュースの和訳と称する記事は多々あるが、和文の体をなしていない意味不明の文が多い。翻訳者の質が低下しているのか、あるいは、編集者の力量が低下しているのか。おそらくは、読者の責任が大きいと思われる。たとえ無料のオンラインニュースだとしても、訳のわからない翻訳には苦情を言うべきだ。そうしなければ、産業翻訳の質は低下する一方だろう。


タバコおよび、トマトなど他のナス科のメンバー [?な訳文]

 タバコモザイクウイルスに関する文である。

これはタバコおよび、トマトなど他のナス科のメンバーに寄生する。

 原文がどうなっているかはわからない。しかし、わかりにくい和文であることは確かである。

 タバコも(トマトも)ナス科の植物だから、「および」の後ろで切るのはおかしい。また、「他の」も、「ナス科の他のメンバー」あるいは「他のナス科メンバー」とする方がわかりやすいだろう。

 原文を直訳すれば、

これはタバコ、トマトおよび他のナス科のメンバーに寄生する。

となるのではあるまいか。だとすれば、真っ当な日本語は、

これは、タバコやトマトなど、ナス科の植物に寄生する。

これは、タバコやトマトといったナス科の植物に寄生する。

などとなるだろう。


結晶中のAr40の原子がK40に置き換わっていく [?な訳文]

 放射性物質による年代測定法を説明する文章中の一文である。この文の直前には、

雲母のようないくつかのものは、カリウムの原子を含んでいる。そうした原子のなかに放射性同位元素であるカリウム40が存在する。結晶が新しく形成されたとき、焼けていた岩が凝固した瞬間には、カリウム40は存在するががアルゴンは存在しない。……何百万年もが経つうちに、カリウム40は一つずつゆっくりと崩壊していき、

という文がある。この文からわかるとおり、表題の文ではアルゴンとカリウムが逆になっている。原文は、おそらく、

Ar40 replace K40 in crystal(骨格のみ)

などとなっていたのだろう。

 ところで、いくつかの国語辞書を引いてみると、「おきかえる」という見出しはあるが、「おきかわる」はない。考えてみれば、「置く」は他動的、「換わる」は自動的な意味を持っているのだから、それを連語にするのは意味的におかしい。これに対して、「換える」は他動的だから「置き換える」に違和感はなく、この場合主語は人である。

 これに対して、英語のreplaceは置き換えて新たにその場に置かれた物が主語になるという違いがある。これに引きずられて「Ar40がK40に置き換わる」という訳文を作ってしまったのだろう。日本語表現としては、「K40がAr40に変わる」の方が自然である。

 表題の文には、もう一つ問題がある。「結晶中の」の位置である。これは何に掛かるだろうか。一見したところでは、アルゴンに掛かると思われるが、結晶中にアルゴンは存在しないと説明されている。だから、「結晶中のカリウム」という意味のはずだ。あるいは、「結晶の中では」と解さなければならないのである。

 つまり、「結晶中のK40はAr40に変わっていく」、あるいは、直前の文を考慮して「Ar40になっていく」辺りが妥当な線ではあるまいか。なお、原子核が崩壊してArになるのだから、原文はreplaceでも、訳文では「変わる」(「換わる」ではなく)とすべきだろう。


この本の残りの部分で [?な訳文]

 ある翻訳書を読んでいたら、「この本の残りの部分で」という表現が出てきた。この表現自体には、別段おかしな点はない。問題は、その位置である。600ページ余の書籍の67ページ目で「残り」と言われてもねぇ。

 第67ページは、序説とでも言うべき第1章の最終ページである。ならば、「以下では、……」などとすべきだったろうと思う。


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